■野良猫を殺そうと思った
■野良猫を殺そうと思った
最近やたらうるさいし、バイクに傷をつけられるし、忌避剤を撒いても全く効果はなく、家の庭を縄張りにされてやられっぱなしだった。
さらに、家周辺に猫の溜まり場があるらしく、チャリで巡回して餌を放り投げる餌やりがいたりして、どうにかしたくなってきていた。
それでいろいろ調べて行くうちに、隔離板の呼び声高い「生き物苦手板」の猫虐待スレまとめにたどりついた。
猫を虐待して殺すのを愉しむ人間たちが集い、そのスレは特定の「作家」が虐待の夢や妄想を綴ると言う体で一部始終を書いている。
殴る蹴る、感電させる、半田ごてで焼く…読んでいると、確かに隔離されるのに十分な内容ではあるが、ホラー小説好きな自分にとっては描写自体はどうでもよく、むしろ「作家」たちのそのモチベーションの高さや、その「読ませる何か」が興味深かった。行為に及ぶことも、書くことも非常に楽しんでいる様子が伝わってくるのだ。もちろん、実体験でないものもあるだろうが。業務用ミキサーを買ってきて子猫を放り込み、「猫ジュース」をつくるなんてコストや手間を考えたらあり得ない話だ。
さておき、そのスレの内容で大体どうすれば野良猫を捕まえられるかは理解できた。さっそく捕獲箱を購入した。
捕まえた後にどうするか。保健所に渡すか。遠くに連れて行ってそこで放つか。
しかし実際は、水に浸けて溺死させて死体は近くの川に捨てるのが一番手っ取り早いと思った。
さっそく、敷地内に捕獲箱をセットしてしばらくすると、あっさりと見覚えのある野良猫が引っかかっていた。
若いオスの茶虎猫だ。茶虎猫は何が起きたか理解できない様子だった。
捕獲箱を袋で包み、家の中に運ぶ最中も、猫は静かなままだった。激しく暴れるものかと思ったので若干拍子抜けをした。
家の中に入れて捕獲箱を立てると、猫はおとなしく坐ってゆっくりと辺りを見回していた。
まだ何が起きたのか理解できていないのかもしれなかった。
そのうち、捕獲箱の中から出ようと動き出した。上下の入り口から出ようとするが当然ロックは外れない。
しばらくガタガタと動いた後に、おぅ、と一声鳴いた。
そして口を開き、ハッハッハッハッと走った後の犬のような呼吸をし出した。
顔を見ると、眼は見た事もないくらいに黒目が大きく広がって口を開けてそんな呼吸をしているものだから、まんまじゃれている時の犬と同じ状態になっていた。
どういう事かと検索してみると、猫は極度の興奮状態や恐怖を感じた時にそういう状態になるらしい、ということが解った。
自分が置かれている状態が理解できたらしい。
この猫は家の庭や付近を縄張りにしているので見覚えがあったが、普通に見かける時と全然顔が違ってきた。
この猫はいま、かつてないくらいの恐怖を感じているらしい。
捕獲箱に入れられるという事=殺されると理解しているんだろうか。
そもそも、猫は死を理解しているのか?
動物が天敵に恐怖を感じるのは遺伝子に組み込まれた何かがそうさせるのだろうが、死そのものを理解できているのだろうか。
捕獲箱は誘引用の餌もあるし、ある程度自由に動きの利く割と大きなつくりである。
必ずしもすぐに本能的な死を感じる必要はないはずだ。
自分が訳の解らない巨人に捕獲された所で「これからどうなるんだろう」と恐怖を感じるのはあくまで頭の部分だろう。
猫が陥っている恐怖は、死に対する想像力がそうさせているのだろうか。
やがて猫は荒い口呼吸に疲れたのか、前脚を側面にひっかけて天を仰ぐように捕獲箱の壁に寄り掛かった。
ちょうど、合掌しながら天に祈るような姿勢になった。そして、おぅ、おぅ、と二回鳴いた。
今にも涙を流し出しそうだった。実際に命乞いだったのかもしれない。
暴れたり、激しく威嚇してきたらそのまま水没させたりしていたかもしれない。
しかし、俺には無理だ、と思った。
俺は捕獲箱を庭に持っていき、その場で解放した。
あれだけ恐怖に支配されていた猫の表情も、庭についた時点で「助かる」と解ったのだろう、いつもの顔に戻っていた。
どの行為にも、超えるか超えないかの線は存在するとその時感じた。
俺には超える事はできなかった。
人間にも殺したい奴はいっぱいいるが、実際にはやらないだろう。
むしろ、その線ゆえに実際にはやらないだろうなという行為だらけだ。
もし猫に死に対する想像力や認識があるとしたら、あの茶虎猫は、タイラー・ダーデンに拳銃を突き付けられたコンビニ店員と一緒だ。
あの猫は、翌日の朝日を生涯で一番美しいものと認識できただろうか。
しばらくはその猫は見かけなかったが、その猫はまだこの付近を縄張りにしているようだ。
格好の餌場であることは間違いないからだ。
餌やりをどうにかしないといけないかもしれないな、と思った。
「どうにか」とは……